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「ZEN」の町、高浜。そのはじまりであり、基盤。高浜で生まれた偉人、釈宗演。

 

 

 

いま高浜は「ZEN」にあふれた町として、その魅力を広く伝えています。山と海にかこまれた豊かな自然、海の幸を中心とした食、そして体験やリラクゼーション、アクティビティに至るまで「ZEN(然、禅、膳、善、全・・・)」をテーマとした魅力発信を行っています。

 

 

▼to find your ZEN (高浜町ワーケーションタブロイド紙)

 

▼Reconnect with your ZEN(高浜町プロモーション動画)

 

 

では、なぜ「ZEN」なのか?その「ZEN」って何なのか?そのはじまり、基盤には、ある偉人の存在があります。その人の名前は、釈宗演(しゃく そうえん)さん。

 

釈宗演さんは、1893年9月、シカゴで開催された万国宗教会議で「仏教の要旨ならびに因果法」という題材の発表をし、日本人の僧としてはじめて禅を「ZEN」として世界に伝えた方として広く知られている偉人です。

 

 

その釈宗演さんの生まれ故郷が、ここ高浜。いまでも町のいろいろなところに宗演さんの足跡、軌跡を見ることができます。高浜に住む者として「ZEN」のキーパーソンである釈宗演さんについて、もっと多くの人に詳しく知ってほしい。そこで、今回は、釈宗演さんをピックアップ。

 

去年に参加させていただいた青郷公民館主催の釈宗演さんゆかりの地を巡るツアーの様子を振り返りながら、釈宗演さんについて、いろいろお伝えしていきたいと思います。

 

 

▼高浜町郷土資料館 高浜町の民俗と工芸資料、町内遺跡の出土遺物などを展示

 

釈宗演さんのことを知るなら、まずはここ!高浜町郷土資料館からツアースタートです。

 

郷土資料館の館内には、釈宗演さんゆかりの展示物が。スタッフの方から釈宗演さんについて、いろいろ話もしていただきました。

 

釈宗演さんは1859年12月18日。一瀬家の次男として誕生されました。ご親戚に臨済宗の高僧、越渓守謙(えっけいしゅけん)禅師がいらっしゃったことから、10歳で出家。臨済宗の修行を積まれたのですが、なんとある程度の年齢と修行を重ねないと受けられない印可証明を23歳の若さでいただいたのだとか。すごい人です。

 

 

そんな偉業を成し遂げて、まだ満足できないのが釈宗演さん。次に進んだのは慶應義塾でした。慶應義塾とは、あの福沢諭吉が西洋を見聞して『実学』を学ぶ場として開塾された、日本で最先端の洋学学問所でした。その慶應義塾でも学習欲にあふれた宗演さんの姿は、福沢諭吉の目にもとまり、セイロン(現スリランカ)への渡航を促されたらしいです。そして宗演さんは外国へ。3年もの間、海外での修行に努められました。

 

当時の常識でいえば、かなり破天荒な人だったことがよくわかります。そして、時代の2歩も3歩も先を見ている人だったことも。

 

そんな宗演さんは帰国後、若干32歳にして円覚寺管長(最高指導者)に推挙されます。これは当時だけでなく、現在も誰も成しえていない偉業なのだとか!すごい。

 

 

そうそう、宗演さんはよく絵も描かれたそうで、特に達磨の絵が多かったのだとか。郷土資料館にも宗演さんが達磨を描いた掛け軸が展示されていました。本当に多才な方ですよね。字を書くのも上手だったみたいですよ。ツアーの次なる舞台、佐伎治神社に行けばわかります。

 

 

郷土資料館から佐伎治神社まで、ツアー参加者のみんなで歩いて向かいます。目の前に可愛らしい坊主頭が…。

 

 

こちらが佐伎治神社。7年に一度行われる大祭「七年祭り」の舞台でもあります。今回、注目していただきたいのは、ここ!鳥居の横の社号碑です。

 

 

達筆すぎて、逆に読みにくいかもしれませんが「佐伎治神社」と彫られた文字があります。そう、これ釈宗演さんが書いた文字なんです。

 

 

▼「宗演謹書」と彫られている

 

碑のサイドをみると、ちゃんと『宗演』の名がありました。今まで何度か佐伎治神社に参拝させていただいたことがあったのですが、こんな貴重なものがあったとは!全然気付きませんでした。不覚です。この佐伎治神社では、宗演さんが子どもの頃に虫取りをしたという記述も残っているんですよ。

 

 

▼高浜町役場前にある、釈宗演顕彰碑と碑文

 

さあ、次は釈宗演さんの顕彰碑がある町役場へ。こちらで素敵なゲストがツアーに参戦。前にオンラインセッションでもお話を披露してくださった、釈宗演を顕彰する会の会長の伊藤さんです。顕彰会が発行している資料や釈宗演さんのことを描いた書籍などを見せてもらい、オンラインセッションのときのような詳しいお話を聞かせていただきました。

 

 

「ZEN」がテーマのオンラインセッションレポートはこちら。宗演さんについて、伊藤さんが詳しく説明してくれています。

http://pinto-takahama.jp/2021/03/18/post-12707/

 

 

また伊藤さんが会長をされている釈宗演を顕彰する会の事務局では、没後100年のイベントを行ったり、釈宗演さんの軌跡を残していく伝道師といえる顕彰する会。また、ぜひ事務局にもお邪魔させてもらいたいものです。

 

HPでは高浜中学校美術部が作成した釈宗演さんの紙芝居が公開されています。とてもわかりやすくて面白いので、興味のある方はぜひ見てみてくださいね。

https://wakasa-takahama.jp/shakusoyen/kami.html

 

 

 

役場から路地を抜けて、長福寺へ向かいます。

 

歩きながら、伊藤さんから釈宗演さんが体験した壮絶なエピソードを聞きました。宗演さんはセイロン留学の際、タイへの転学を試みたことがあるとか。お金がなく、船内の部屋へ泊ることができなかった宗演さんは甲板で過ごしていたのですが、そこでなんと蚊の大群に襲われることに。どんなに払おうとしても身体にまとわりつく蚊の大群に、宗演さんはなんと素っ裸になって、甲板の上で座禅をしたといいます。

 

「修行をした身で、このように心乱されるとは何事か。親孝行もたいしてできていない、世の中の役にも立っているかわからない。ならば、せめてこの蚊たちを満腹にしてやろう。」

 

そう決意した宗演さんは無我の境地に入り、気が付くと目の前に赤いグミの実がパラパラと落ちていた…それが宗演さんの血を吸いつくして息絶えた蚊の群れだったのだとか。結構有名な話らしいのですが、知りませんでした。

 

 

臨済宗相国寺派 長福寺

 

あらためて宗演さんの凄さを実感したところで、さあ、長福寺へ到着です。こちらは臨済宗相国寺派のお寺で、かつて少年だった宗演さんが読み書きを習っていたところ。いわゆる寺子屋だったところです。好奇心旺盛だった釈宗演さん。きっと楽しく勉学に励まれていたんでしょうね。

 

そしてツアーの最終地点、釈宗演さんの生誕の地へ。石碑がありました。場所は長福寺から50mほどのところで、釈宗演没後 100 年を記念して町内外の有志の寄付により整備されたそうです。

 

 

▼釈宗演生誕の地

 

禅を「ZEN」として世界に発表した釈宗演さん。その思想は鈴木大拙の手によって英訳され、多くの人に伝わっていきました。

 

釈宗演さんの元には多くの人が訪れ、そこには、のちの内閣総理大臣・浜口雄幸や、文豪・夏目漱石の姿もあったといいます。かつてアメリカの大統領であったセオドア・ルーズベルトとの対談をされたこともありました。彼との対談では世界平和について語り合ったのだとか。そして洋の東西、宗教や宗派というボーダーが外れたときに平和が訪れるのだと話されていたのだといいます。

 

 

▼宗演さんも見ていたであろう景色

 

1919年、59歳という太く長い生涯を終えるまで、釈宗演さんの人生は好奇心と向上心に満ちていました。彼の撒いた「ZEN」という種は、いまや世界中で当たり前の思想として広がっています。そんな彼の想い、人柄、人生、DNAのすべては、生誕地・高浜に息づいている。だから、高浜は「ZEN」の町なのです。釈宗演さんからはじまった「ZEN」の心を継ぎながら、新たな発展を目指しています。

 

      


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